どうもこんにちはイッシーです。

今回、神奈川県鎌倉市を訪れました!!

鎌倉は小学校の時の修学旅行以来なので

約7年ぶりです。

当時の私は小学生だったので、歴史とかそういったものに興味がなく

ただ遊びに来ただけの感覚だったのですが

今は大人として、歴史や自然などを感じたいと思いまして

鎌倉へ行こうと思いました。

横浜線車内のLCD

今回は大月駅から八王子駅まで行き、横浜線に乗り換えて横浜駅まで行き

横浜駅から湘南新宿ラインにて鎌倉駅まで行きました。

私の住んでいる場所の最寄り駅が「塩山駅」なのですが

大月駅にて、「のんびりホリデーSuicaパス」を購入したかったので

大月駅からの乗車です笑

のんびりホリデーSuicaパスについての記事はGrapeHPにて公開しているので

どのようなモノなのかを知りたい方は以下のリンクにてご覧ください!

「のんびりホリデーSUICAパス」を利用して大月駅から鎌倉駅まで行ってみた!!

まずは妙本寺

鎌倉駅から7分くらいにある「妙本寺」です.

どのような場所かと言うと

妙本寺は、日蓮聖人を開山に仰ぐ、日蓮宗最古の寺院です。開基は、比企能員の末子で、順徳天皇に仕えた儒学者比企大学三郎能本です。
この地は比企能員一族が住む谷戸(やと)であったところから「比企(ひきが)谷(やつ)」と呼ばれています。しかし、比企一族は建仁3年(1203年)に権力保持を目論む北条一族によって滅ぼされました。その争いを「比企の乱」といいます。
比企の乱の時、まだ幼少で京都にいたため生き延びたのが比企大学三郎能本でした。能本は、鎌倉の町に立って生命がけの布教をされている日蓮聖人に出会い、「わが一族の菩提を弔って下さるのは、このお聖人しかいない!」と決心し、自分の屋敷を日蓮聖人に献上したのが妙本寺の始まりです。
日蓮聖人は、文応元年(1260年)比企能本の父・能員と母に「長興」、「妙本」の法号をそれぞれ授与し、この寺を「長興山 妙本寺」と名付けられました。
第二祖は日朗聖人、第三祖日輪聖人を迎え、以来妙本寺と池上本門寺は一人の貫首が両山を統括する(両山一首)という方式が第74世 酒井日慎聖人の代まで(昭和16年まで)続きましたが、第75世 島田日雅聖人の代より専任の貫首を迎えることになりました。

http://www.myohonji.or.jp/history/より引用

簡単にまとめると

  • 日蓮宗最古の寺院
  • 日蓮聖人を開山として文応元年(1260年)に建てられた。
  • 昔は比企能員の屋敷で、建仁3年(1203年)に比企の乱で比企一族が北条一族により滅ぼされた。
  • その後、比企能員の末子の比企大学三郎能本が日蓮聖人に出会い、自身の屋敷を日蓮聖人に献上し、比企一族の霊を弔う為にお堂を建てたのが始まりである。
二天門

実際にこの場所へ行くと、あたりは静かで

自然の中にあるお寺という感じで、とても気持ちの良い場所でした。

手水をしてから参拝し、その後あたりを散策していました。

中に入ると、日蓮聖人の銅像があり、迫力のある銅像でした。

春には桜、秋には紅葉と、四季折々の表情を見せてくれるみたいです。

歴史あるこの場所、そして自然を感じられるこの場所へ

是非訪れてみてはいかがでしょうか。

次は佐助稲荷神社

鎌倉駅から徒歩約20分くらいにある稲荷神社です。

佐助稲荷神社は

源 頼朝は、平安時代末期から鎌倉時代初期の武将、政治家であり、鎌倉幕府の初代征夷大将軍です。 河内源氏の源義朝の三男として生まれました(1147年)。父・義朝が平治の乱で敗れると伊豆、蛭ヶ小島へ流され、後に北条政子と結婚。そこで頼朝が病気に臥せっていた際に「かくれ里の稲荷」と名乗る翁が夢枕に立ち平家挙兵を促しました。そして頼朝は1180年8月に北条氏など東部の武士と協力し平家打倒の挙兵に踏み切ります。その後紆余曲折はありましたが、1185年弟の範頼、義経らに命じ「壇之浦の戦い」で平家を滅ぼしました。源頼朝は後の1192年に幕府を開き北条時政らの縁者や大江広元などの京都出身者を側近にし、幕府を運営しました。また、頼朝の御家人となった全国の武士によって幕府は支えられましたが、特に東国御家人たちの頼朝に対する信頼は厚いものでした。 頼朝は幕府の本拠地を鎌倉に定め,彼自身ほとんどその地を出ることはありませんでした。

社伝によると建久年間、初代鎌倉幕府将軍・源頼朝が畠山重忠に命じて「かくれ里の祠」を探し当て稲荷神社を再建させたと伝えられています。(建久1190~1199)頼朝は若い時、兵衛佐であったので佐殿と言われており、その佐殿を助けた神と言うことで佐助稲荷と言われています。佐助稲荷神社は頼朝が旗揚げの後征夷大将軍までのぼりつめたことから、別名「出世稲荷」と呼ばれ信仰を集めています。

当時、開山良忠上人は佐介ヶ谷に住まわれていました。ある時、子供に虐められていた子狐を助けました。すると夢に親狐が現れ、悪病が流行る事を告げ、子狐を助けたお礼と共に薬種袋を残していったという事です。翌朝枕元に薬の元である種子があり、上人はお告げに従って種子を蒔くと3日の内に成長し、この薬草で多くの人の病を治しあがめられました。これは佐助稲荷のご利益だと考え、以来佐助稲荷に参詣するのが良いと人々に教えました。このことから、佐助稲荷では一対の白狐を供えて願を掛けるようになったのです。

https://sasukeinari.jp/history/より引用

簡単にまとめると

  • 源頼朝によって建設された佐助稲荷神社とされている。
  • 頼朝が病気を患っていた際に「かくれ里の稲荷」と名乗る翁が夢枕に立ち平家挙兵を促し、その後1185年に「壇之浦の戦い」にて平家を滅した
  • 頼朝が旗揚げの後征夷大将軍までのぼりつめたことから「出世稲荷」と呼ばれている。

鎌倉駅からここまで来るのに、結構歩いた気がします。

この写真を撮っているときは、少し息を切らしていました笑

そして、この鳥居をくぐるのですが

これも登り坂ですので、体力のない私にとっては

少しキツかったです。

ここまで来るのに大変なのに、さらに拝殿に行くのにも大変という

これはまさに出世の大変さを表しているのかなと思いました笑
(ただ私の体力がないだけだと思いますが。。)

ちなみにこの鳥居は公式ページによると49基あるみたいです。
(疲れすぎて、数えるの忘れていました。。)

御祭神

宇迦御魂命(うかのみたまのみこと)

大己貴命(おおなむちのみこと)

佐田彦命(さるたひこのみこと)

大宮女命(おおみやひめのみこと)

事代主命(ことしろぬしのみこと)

是非、出世を望んている方や、この場所に興味のある方は

是非訪れてみてはいかがでしょうか。

鎌倉の海「由比ヶ浜」

私は、毎年海を見に行くのが恒例なのですが

昨年、海を見に行けていなかったので

鎌倉に来たら「由比ヶ浜」でしょ!と思い

行ってみました!

やっぱり海は自身の悩みを流してくれるような

そんな感じがしました。

潮の香り、波の音を感じるとほっとしますね!

海無し県民(山梨県民)の私にとっては

海は憧れなので、海を見れるだけで幸せです笑

先ほど紹介した「佐助稲荷神社」から歩いて「由比ヶ浜」に来たのですが

帰りは歩いて「鎌倉駅」まで戻るのは流石にきついということと

鎌倉に来たら「江ノ島電鉄(通称江ノ電)」ということで

江ノ電に乗って鎌倉駅まで行きました。

とはいえ「由比ヶ浜」から「鎌倉」って2駅なので

乗ったのはほんの数分でしたが、乗れただけで幸せです笑
(乗り鉄デビューか!?笑)

鎌倉へ来た際は是非「由比ヶ浜」にも足を運んでみてはいかがでしょうか?

「由比ヶ浜駅」から徒歩10分くらいです。

最後は鶴岡八幡宮!!

鎌倉人気観光スポット「鶴岡八幡宮」

ここは当宮は康平6年(1063)源頼義が奥州を平定して鎌倉に帰り、源氏の氏神として出陣に際してご加護を祈願した京都の石清水八幡宮を由比ヶ浜辺にお祀りしたのが始まりです。その後、源氏再興の旗上げをした源頼朝公は、治承4年(1180)鎌倉に入るや直ちに御神意を伺って由比ヶ浜辺の八幡宮を現在の地にお遷しし、 建久2年(1191)には鎌倉幕府の宗社にふさわしく上下両宮の現在の姿に整え、鎌倉の町づくりの中心としました。 また、頼朝公は流鏑馬や相撲、舞楽など、今日にも引き継がれる社頭での神事や行事を興し、 関東の総鎮守として当宮に厚い崇敬の誠を寄せたのです。 以降、当宮は武家の精神のよりどころとなり、国家鎮護の神としての信仰は全国に広まりました。 当宮への信仰を背景に鎌倉を中心として興った質実剛健の気風は、その後「武士道」に代表される日本人の精神性の基調となりました。 現在では国際的史都鎌倉の中心的施設として国の内外より年間を通して数多の参拝者が訪れます。

https://www.hachimangu.or.jp/about/lineage/index.aspより引用

まとめると

  • 源頼義が1063年(康平6)、由比郷鶴岡に京都の石清水八幡宮を勧請し鶴岡若宮を称したのが始まり。
  • その後、源氏再興の旗上げをした源頼朝公は、治承4年(1180)鎌倉に入利、直ちに御神意を伺って由比ヶ浜辺の八幡宮を現在の地にお遷しした。
  • そして建久2年(1191)には鎌倉幕府の宗社にふさわしく上下両宮の現在の姿に整え、鎌倉の町づくりの中心とした。

鎌倉といえば「鶴岡八幡宮」ということで、かなりの人がいましたね笑

中には外国人の方もいて、外国人の方々も参拝していました。

写真にあるこの階段、「大階段」では

13段目で源実朝が公暁によって暗殺されたと言われています。

ここへ訪れた際、13段目に注目してみてはいかがでしょうか。。。

御祭神

応神天皇(おうじんてんのう)
比売神(ひめがみ)
神功皇后(じんぐうこうごう)

是非訪れてみてはいかがでしょうか。

お食事「太陽堂」にて

旅をするとお腹が空きます。

今回私が訪れた場所は「太陽堂」というつけ麺、ラーメン屋さんです。

太陽堂特製ラーメン しょうゆ 大盛

疲れた体に染み渡る味で、とても美味しかったです。

このお店のマスターさんはよく「ありがとう」という言葉を言うのですが

常に感謝の気持ちを忘れないと言うこのお店はとてもいいなと思いました。

鎌倉へ訪れた際、「太陽堂」のラーメン、つけ麺はおすすめです!!

是非訪れてみてはいかがでしょうか。

以上、鎌倉の旅でした。

今回訪れた場所は、歴史や自然に触れ合える場所でした。

妙本寺や佐助稲荷神社、鶴岡八幡宮、そして由比ヶ浜

どれも良い場所でした。

由比ヶ浜に関しては、遊び心で

波に浸かるギリギリまで攻めるという遊びをしていました笑
(全く、一人で何やってるんだか笑)

そして、鎌倉で食べた太陽堂さんのラーメン。

また食べたいです!!

鎌倉最高でした!

今度はもっと移動範囲を広げていきたいですね。

では

イッシー